デンマークのパッシブハウス展示場
◆第1章 究極の省エネ基準であるドイツのパッシブハウス
ドイツでは、省エネルギー政策として進めてきた住宅のゼロエネルギー化への挑戦が、今日の厳しい省エネルギー住宅の基準作りに繋がったと言われている。現在の「低エネルギーハウス基準」では、戸建住宅の暖房に伴う年間エネルギー消費量を70(kWh/m2・年)以下にすることが義務化されている。
つまり、壁の厚さや窓ガラスの数を規制しているわけではなく、年間の暖房用エネルギーの消費量を一定に抑えた家にしなければならないという、車で言えばリッター何キロ走る車でなければ販売してはいけないという法律なのである。
「パッシブハウス」は、その基準値をはるかに上回る、『暖房に伴う年間エネルギー消費量が15(kWh/m2・年)以下の住宅』と定義されている。これは、実質的にはほぼ暖房設備を必要としないレベルで、理想的な建物像を追求する「パッシブハウス」の動向は、将来の省エネルギー基準を牽引する羅針盤として注目される。冬の長い、ドイツではエネルギーの半分以上を暖房費に費やすのだから、このように考えるのは当然かもしれない。
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◆第2章 11人の建築家によるパッシブハウス
ドイツより北に位置し、エネルギー源の半分以上を自然エネルギーで賄う、デンマークであっても同じように暖房に使うエネルギーをどう抑えるかは重要なテーマだ。自前の自然エネルギーだからと言っても、無尽蔵に使えるわけではなくむしろ自前だからこそ、大切に使う事を考えるのだ。
研究会が発行した初期の雑誌『Palaazo』の創刊号で紹介した、デンマーク第一号の「パッシブハウス」認定を取ったオラフ(Olav)氏が案内してくれた、『11人の建築家によるパッシブハウス』というテーマで作られた展示場が今回の取材先である。
運転手役のMr.ハンセンとオラフ氏が運転席で右だ、やれ左だと迷いながらたどり着いたので、残念ながら正確な場所は判らない。車は郊外の住宅地に迷い込んでように感じたが、突然の今まで走っていた住宅地の建物とは違う、様々なスタイルの住宅が並んでいる一角が現れた。
ガラス張りの回廊がある白い家、板張りのユニークなスタイルの家、2階建てや平屋など、広い道路の両面に11棟の建物が並んでいる。そのうちの1棟は未完成である。
管理等のような建物は無く、自由に見る事が出来るようになっているが、殆どは無人で、家具も置かれていない。ドイツの展示場のように、住宅会社が出展している営業用の展示場ではなく、それぞれの建築家が提案する「パッシブハウス」のスタイルであり、いわば作品である。
オラフ氏は、それぞれの建築家が様々なアイデアで「パッシブハウス」のコンセプトを表現しているので、建築家にとっては非常に興味深いという。当然だか、どの家も規定の基準をクリアーしている。日射の角度や風向き重要視する設計が基本の「パッシブハウス」では、どうしてもデザインが似てくるが、そこが建築家の腕の見せ所となる。
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◆第3章 巨大なガラリ戸の黒い家とレトロなテレビのような家
建物の左にある衝立のよう所に、扉が収納してある。
どの家も、特徴のあるデザインをしているが、日よけ用に巨大なガラリ戸を持つ黒い家は、日本的な雰囲気を漂わせている。外壁は黒く塗った木をルーバーのようにして縦に貼ってある。
角度の変わるガラリが付いた扉は、上のレールに吊られて、移動できるようになっている。
南側の窓には、角度が変わるガラリが付いた扉がスライドして、日射をコントロールするようになっている。吹き抜けのある面は、建物と同じ高さの同じようながらり戸が、建物の脇に収納されている。内部は、殆ど仕上げていない感じで、この家のポイントはあくまでも外観なのだろうか?
隣にある家は、外壁には木が貼られていて、くの字に曲がった形をしている。2階の南側は、深い軒を持つベランダが、1階より張り出している。夏の高い日差しは遮り、冬の低い日差しは取り込めるようになっている。
しかし、その形はレトロなデザインのテレビのようだ。窓には、外側に電動のブラインドが着けられて、日射をコントロールできるようになっている。
この家も家具は無いが、室内は綺麗に仕上げられている。壁は規則正しく配置された小さな穴が開いたパネルが貼られ、コーナーにはパネルのヒーターが着けられている。2階のキッチンには、各部屋の温度と湿度、電気の使用量が一目できるモニターが付いて、室内環境や電源、給湯などすべてをコントロールできる。
窓の外に着いたブラインドで日射をコントロールする。
シンプルな階段と小さな穴が開いた壁パネル。このパネルの穴は何か目的があるのか?
部屋の環境や使用電力をチェック出来るモニター。
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◆第4章 一際目を引く白い家
中でも際立てて目を引くのが、大きな白い家だ。南に面する正面は、一見ショールームのように見える。
玄関に続く側面には横長の窓、横から見ると斜めの屋根が交差して不思議なシルエットをしている。玄関をあけて中に入ると、正面に階段があり明るい2階が見える。
建物の中心部は、ガラス張りの温室のようになっていて、すべての部屋を見渡せるようになっている。モダンなオフィスビルのようである。
光と太陽熱の取り入れ方をかなり考えた、斬新な設計である。室内を明るくする為か、すべてが白になっている。キッチンの形も(サブキッチンまである)、洗面所も何から何まで真っ白。これならば、冬の薄暗い日中でも明かりはいらないだろう。
ガレージには、熱交換換気システム用の吸気管が立っていて、地中を通って建物の中にある本体に空気を送っている。これだけ大きい家だと、今までの感覚で光熱費が膨大だと思うが、ごく少量のエネルギーで冬も夏も快適に暮らせるという。
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◆第5章 私達は何を学ぶか
この展示場は、毎日多くの人が見学に訪れるらしく、当日もバスを仕立てて見学に来ていた人達は係りの説明を熱心に聞いていた。
オラフ氏は、もちろん質問には答えてくれたが、余計な説明をしなかった。彼は、この展示場にはいろいろなアイデアがあり、良いヒントを与えてくれると言っていた。
基本的な考え方、そして技術を理解し、それを形に表すのが建築家の仕事だと言う。
日本でも「パッシブハウス」が話題になって久しいが、どうも日本の住宅業界では、建物の熱損失を数字で表したQ値を競っている感がある。
確かに、厳しい数値なので建築家や技術者としては目標にしたいのだろうが、その数値を出すために壁の厚さを何十センチにしたとか、窓を3層や4層にするとか、まるでタイムを競い合っているアスリート達のように感じるのは、私だけだろうか?
そんな話を聞くたびに、私はオラフ氏の言葉を思い出す。
2012年05月11日【14】